2011年12月08日

古写真でたどる、羽黒山から月山への道〜八合目

月山八合目、弥陀ヶ原小屋(みだがはらごや)。

今は車で八合目までいく弥陀ヶ原ですが、
かつて一合目から登っていった先に突如として広大な湿地が広がり
高山植物の咲き乱れる様はさぞ感動的だったでしょう。

37.御田原神社と御田ヶ原小屋1-5.jpg

夏には百数十種の花々で埋め尽くされる弥陀ヶ原は、明治以前に祀られていた月読命(つきよみのみこと)とその本地、阿弥陀如来(あみだにょらい)が祀られていました。
それゆえ「弥陀ヶ原」といわれるとも、神様が御田植えをされたことから「御田ヶ原」ともいわれました。
二つの呼称は明治の神仏分離以後も慣例的に使われています。

弥陀ヶ原小屋(写真右)は、現在の月山中の宮御田ヶ原参籠所がある場所に昭和56年まで建っていました。
かつては丑歳を境に手向の二軒の家が交代で小屋掛けをしていたそうです。
昭和25年から阿部貞治さんが掛けはじめ、30年から55年まで瀧水義道さんが小屋を守っていました。

写真中央は御田ヶ原神社で、建物はかつて月山神社の御室で使われていたものだそうです。

写真には映っていませんが、写真の左側には霊祭所があり現在大小いくつもの地蔵さまが祀られています。
これらの地蔵さまは、八合目手前にあった旧賽の河原の裏に頭部を下にして丁寧に埋められていたもので、昭和63年に掘り起こされこちらへ移されたものです。
今から23年前ですから、ついこの間のことですね。

7月に鮮やかな黄色を咲き誇るニッコウキスゲは、ここで酢の物として食べられたそうです。
posted by hagurokanko at 14:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 出羽三山
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