2011年06月04日

羽黒山の五重塔

fivepagoda.JPG
今日は落ち着かない天気で、今にも雨の降りそうな空でした。
田植えも終わった羽黒では、長くなった夕刻にカエルの声が鳴り響いています。

日が長くなると、夕方の羽黒山を訪れる人もお見かけします。
ご存じですか?その時間の五重塔へ行くと、自分の影は自分の前方に向かって伸びるんです。

夕暮れの五重塔の正面に立つと、目の前には自分の影が伸びている。
つまり、五重塔が、東に向かって拝むように建てられているってことですよね。
太陽の昇る方角を拝むように、建てられているんです。

ではなぜ、東に向かって拝むように五重塔は建てられているのでしょう。

東という方角は、何を意味しているのでしょう。

その疑問をとくために、歴史を紐解いてみると。
羽黒山の古い縁起に、羽黒山が開かれたときの出来事として
次のようなくだりがあります。

(後に蜂子皇子と呼ばれる)能除太子(のうじょたいし)は、
酒田の湊に夜ごと光を放つ浮木で、軍荼利明王(くんだりみょうおう)と
妙見菩薩(みょうけんぼさつ)を刻み、本尊の脇士にし、羽黒三所大権現として伽藍に祀った。

能除太子は、羽黒山を開いたお方です。
諸国行脚の旅のあと大きな三本足の烏に導かれて、
この山にたどりつき、観音様と出会い、ここを修行の地としたのでした。

この観音様が羽黒山の本尊仏、聖観音(しょうかんのん)で
軍荼利明王、妙見菩薩と合わせて羽黒三所大権現といわれます。
その祀られた「伽藍」が、この羽黒山の五重塔でした。

そして羽黒修験の口伝によると
聖観音は太陽、脇士の妙見菩薩は北極星、軍荼利明王は南十字星とされています。
なお、東十字星とはかつて南斗六星をいったそうです。

つまり、五重塔には、南斗六星(南)、太陽(東)、北極星(北)という
宇宙の構造そのものが、仏様として配置されていたことになります。

聖観音が祀られていたからこそ、五重塔は、東の方角と関係しているのですね。

そして五重塔から東の方向に進むと、羽黒山頂にいたります。

三本足の大烏は、太陽のシンボルですが
山頂へと続く羽黒参詣道は、東へ向かう道、太陽の道なのかもしれません。

(成瀬)

参考:内藤正敏「羽黒山・開山伝承の宇宙観」『千年の修験』所収(2005)
posted by hagurokanko at 18:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 出羽三山
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/45721948

この記事へのトラックバック