2010年05月08日

高寺八講

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出羽三山神社で五穀豊穣を祈願する御田植神事が行われたのと同日に
羽黒町の高寺では「高寺八講(たかでらはっこう)」が行われました。

高寺八講は、出羽三山と深いかかわりのある芸能です。
昭和五十一年には山形県無形民俗文化財に指定されました。
御田植神事と同じく、豊かな実りを願う舞といわれています。

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これが行われるのは、高寺の雷電神社。
月山・雨告山の山頂にある雷電磐(らいでんばん)と呼ばれる岩体を
雷電神と崇め祀り、その里宮が羽黒町雷電神社。
ここに古くから伝わる延年・番楽などの舞が高寺八講です。

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高寺は地名ですね。八講とは?

「法華八講」に由来するといわれています。
法華経は全八巻あるのですが、
これを八座に分けて朝と夕一座づつ、四日間で講義するのが「法華八講」です。

では、法華八講と舞にどんな関係があるのでしょう。

法華経の第二十番は「提婆達多品(だいばだったほん)」といわれています。
どうやらその後半に関係がありそうです。

ここで説かれているのは龍女成仏についてです。

そもそも仏教の始まりであるインドでは
女性は成仏できない、と考えられていました。
しかし「提婆達多品」では、娑竭羅(しゃから)竜王の八歳の娘が
一瞬にして往生をとげ、衆生のためにお経を唱えたと説かれているのです。

そのとき集まった人々の歓喜し礼拝するさまが
高寺八講の舞の由来と思われます。

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明治までは凌王(りょうおう)、納蘇利(なそり)、春鶯囀(しゅうのうてん)両方楽など舞楽系を演じていたそうですが、現在は延年系の稚児舞、大小舞、番楽系の薙刀舞、田楽系の花笠舞の四番のみが伝承されています。

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午後二時を過ぎた頃、当屋を出発した一行は
雷電神社の入り口の鳥居で薙刀の舞を奉納し

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いよいよ雷電神社にて
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大小舞。

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薙刀舞。

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花笠舞。

四つの舞が奉納されました。
宮司さん曰く、神社が火災にあったために謂れは伝わっていない
とのことですが、黒川能にも通じる大地踏み
(これは霊を鎮め場を浄化するといわれます)を見ると
古式な舞なのでしょう。

『羽黒町史』によれば、由来は不明とされながらも
『羽黒山唾中問答』(永禄三年=1560)の奥書には
羽黒山本社の6月15日の花祭りに奉納されていたといいます。
少なくとも450年前には行われていたのですね。

今は高寺の小学生も六人と少なくなったと聞きましたが
末永く続いていってほしい羽黒の芸能です。







posted by hagurokanko at 10:33| Comment(0) | TrackBack(0) | イベント
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