2010年01月08日

2009→2010(2)

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かつて、新しい一年には新しい火が切り出されていました。

火に新旧があるの?と、新鮮に思われる方もいるかもしれません。

松例祭は、その中に色々な要素が見られるのですが
祭りのなかの松聖と火の関係を見ていくのは、一つの視点だと思います。

火は一面で、あらゆるものを焼き尽くす、破壊のシンボルである
と同時に、ケガレを清らかなものに浄化するものといわれます。
ですから火は、正反対のものを転換させるもの、
創造のシンボルでもあるんですね。

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破壊と創造という「火」の二面性。
これをあやつるのが、火知り(ひじり)としての
松聖(まつひじり)といわれます。

祭りが頂点を迎える、「大松明引き」の場面では
世に厄災をもたらす「ツツガムシ」を象った大松明が燃やされます。
まさに、災いの象徴を焼き尽くすわけです
(中世の資料にはツツガムシでなく麤乱鬼(ソランキ)という鬼)。

雪上を駆け抜け、大松明を山頂の広場(庭上)に引き出し
どれだけ早く、大きく燃やせるか競い合うのは
上四町、下四町に分かれた、手向の若者組。

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ここ補屋(しつらえや)では、大松明に結ぶ綱をめぐって
大盃を飲み交わしながら討議される、「綱さばき」が行われました。

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一時間にもわたり、ろれつも回らない中、
綱を巡って論議するのは、大松明をどれだけ早く大きく燃やすか
という勝敗に、綱が大きく影響するためです。

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観光や見学される方にとっては
この行事が、いちばん祭りの興奮が伝わるかもしれません。

野次や応援、怒号が飛び交い、
クライマックスにかけて、祭りは熱気の階段を駆け上がっていきます。

posted by hagurokanko at 15:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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