2009年11月07日

いにしえの羽黒山を辿るU

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いい天気!
絶好の山日和ですね!

というわけで、

出羽三山神社×いでは文化記念館主催
「いにしえの羽黒山を辿る U」のレポートをお届けします。

今回は、羽黒山頂〜野口を行きました!



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月山ビジターセンターに集合する参加者の皆さん。
顔馴染みになって参りましたね。
今回も出羽三山神社渡部幸さんが、歴史の旅先案内人です。

まず向かった先は、二夜ノ池。
月山ビジターセンターの道向かいです。

ここは月山権現離宮の旧跡。

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名前の由来は、月夜にその姿が映ることから。
確かに、鏡のように木々が湖面に映されていますね。

1700年代の文献(『三山雅集』)には、
中国の洞庭湖を移したかのような美しさ
と書かれています。

さて、二夜ノ池の背後にあるのが権現森です。
別名兎森ともいわれ、いわば月山の里宮のような場所。
ここから二夜ノ池に水が注がれるんですね。

少し急な道を登れば

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権現森山神社です。

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ここは、月山権現が遊びたわむれる霊地。
明治10年以降、大山祇(オオヤマツミ)神社として
山の神を奉っています。


こんなところに、そんな場所があったとは…!
と、いつも土地の歴史やその意味に対面する歴史探訪。

今回も驚きの連続でした。

その一つが、破尺堂です。

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権現森からは羽黒山スキー場を登って向かいました。
スキー場付近をよく散策すると、、

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森のなかに、見えますか?

お墓です。

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清僧修験といわれる、羽黒山内の山伏の葬送の場。
それが破尺堂でした。

名の由来は尺魔(わずかな悪魔)をも破壊するの意。
上の写真のように、いくつかの墓が固まった墓所がいくつかあるのですが
それは、かつて山内にあった寺毎に墓所が決まっていたからです。
因みに写真の墓所は、正穏院のものでした。

破尺堂は、破尺道ともいうように、この辺り一帯に
いくつもの墓石を見出すことができます。

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月山が見え、眺めの良いこの場所。
歴史を遡ったつもりで、一面を見渡せば
別の景色が見えてくるようです。


続く

posted by hagurokanko at 17:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 山伏・修験道
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