2009年07月14日

御本坊平復元PJ終了しました!

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7月11日(土)、NPO法人蜂鼓山社中による
御本坊平・宝前院若王寺復元PJが開催されました!
盛夏近づく晴日、ここ御本坊平・宝前院若王寺にて
NPO法人蜂鼓山社中を中心としたボランティア活動が行われました。

御本坊平は羽黒山の中腹、二の坂上にあります。

ここは寛文5年(1665年)、羽黒山中興の祖、天宥によって
執行寺である若王寺(じゃくおうじ)が造立された場所。
ここでは、羽黒山の事務的な仕事がされていました。

この建物、大きさが六間に梁二十七間といいます。
一間が六尺=約1.8mですから、敷地面積は約525u!
とてつもない大きさですね!

『羽黒町史』をひもとけば、この時、執行寺の古材木から
道者座敷(六間に梁二五間)を再建
南谷に客殿(十一間四方)、護摩堂(三間半に五間)を建立しています。

羽黒山中腹には壮大な建物が幾つもあったわけです。
まさに天宥の全盛期だったんですね。

壮大な建築物があったこの場所、御本坊平は
今回のボランティア活動で見違えるような景観になりました。

作業は、降り積もった落ち葉を熊手で集め
”もっこ”で運ぶ、地味で大変な作業ですが
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今の、そしてこれからの羽黒山が形づくられました。

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修験道の聖地は、こうして人の手が入って
これまでも整備されてきました。

例えば、国宝の羽黒山五重塔。
杮葺の屋根には山内のご神木(杉)が用いられています。
樹齢約350年ですから、平安時代に芽を伸ばしだした木です。

人手を加えることにより
人が恵みをえることができる山が里山だとすれば
羽黒山もまた里山だといえます。

聖地としての里山、羽黒山。
特異な響きに聞こえますが
少なくとも羽黒山は数百年間絶えることなく
手入れされ続けてきたのです。


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今回、新たな一歩を踏み出したばかり。
次回は秋に開催の予定です!

これからの活動にもご期待ください!

posted by hagurokanko at 17:20| Comment(0) | TrackBack(0) | イベント
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